vol.9 悲しいことばかりじゃない
ばあちゃんは反応薄くても意識も耳もはっきりしてるので、耳元での大声は不要だ。
なんせ2つ隣の患者さんのか細いオナラの音まで聞こえているくらいだ。うかうかひそひそ話しも出来ない。
でも、そういった個々の状況を全ての看護士さんが把握しているわけではない。
老人=耳が遠い
という概念でばあちゃんに接してくる人もたくさんいる。
そして看護士さんは忙しすぎる。
はっきり言って個々の患者さんにゆっくりと付き合ってられないというのが本音だろう。
(本心としてどうかというところは置いておき、現実的な問題として)
ある日のこと。
私が1人でお見舞いに来ていたときのこと。
ばあちゃんはずっと寝てるから背中やおしりのあたりが痛いと言い、身体を動かそうと頑張りはじめた。
私が、どこ?と聞いて手伝おうとしてもそれには答えず、自分で動こうと頑張っているので、寝たきり老人のちょっとした運動になるし、やりたいと思うことはやったらいいと思ったので、軽く支える程度に手を貸しつつ、ばあちゃんの動きたい衝動をゆっくり見守ってみることにした。
そこにパタパタと看護士さんが通りかかった。
開いてる扉から、ついこの前まで死にかけてた99才の老人がベッドでもがいてる様が目に入ったのだろう。
体は勢いあまって先に通り過ぎたが、顔だけを残すような感じでこちらを見た。
そのまま素早い切り返しで「あらあらあら!なにしてるの!?」と言いながら駆け寄ってきた。
「あ、ばあちゃんが身体が痛いと言って。動きたいみたいなんでやらせてあげよーかなーと。」
と私が説明するかしないか
なんなら半分被り気味でばあちゃんの耳元に顔を近づけ、
「どこー!?どこが痛いの!?ここ!?ここ!?おかしいわねー。」
と看護士さんは耳元で叫ぶように「どこ?ここ?」を繰り返し、ばあちゃんの身体を乱暴に揺すったり叩くようにさすったりした。
孫の私からしてみると、まるで舌打ちでも聞こえてくるかのような乱暴さだな、と感じた。
・・・・。
明らかに音量が過ぎる。
ばあちゃんは耳元で繰り広げられるキンキンとした爆音と、乱暴な扱いに顔をしかめている。いつでもなんでもありがとうのばあちゃんが、、相当嫌なんだなと分かった。
何か言おうかとも思ったが、この時は日々のばあちゃんの病院生活に支障が出てはまずいという損得感情が働き、グッとこらえた。
ばあちゃんは昔から大きな音や乱暴なことが嫌いだ。特に歳をとってからは若干子供返りしてる部分もあるので、雷に怯える子供みたいに目をギュッとつむって身体を硬くしていた。明らかに怖がっていると思った。
「あの、もう大丈夫みたいです。ありがとうございます。」
という私の言葉に、看護士さんは少し納得いかないという顔をしながら
「このベッド、マットレスが特殊で身体が痛くならないやつなの。毎日身体も移動させてあげてるし、身体を痛がるなんておかしいのよ。」としきりに訴えた。
そしてばあちゃん本人にも、ばあちゃんがうんと頷くまで「もういいの!?大丈夫!?」を繰り返していた。
この看護士さんは、豪快なタイプで誰にでもこうなのかもしれないし、忙しくて気持ちが立っていたのかもしれない。
状況は分からないが、どんな理由にしろ私はとっても悲しい気持ちになった。
小さな田舎まちの、唯一の市立病院。
入院患者が多いわけではないが、医師も看護士も十分な数とは言えない。
贅沢は言えないのは分かっている。
よくある光景なのだろうとも思う。
でも、そんな現実がとても悲しいと思った。
そんな事があったので、帰り際、ナースステーションに顔を出し、「ばあちゃんをよろしくお願いします」と声をかけて帰ろうとしたら、1人の看護婦さんに呼び止められた。
「私たち、いつもおばあちゃんに元気をもらってるんですよ。」
とその看護婦さんは教えてくれた。
聞くと、毎日の検温や点滴交換なんかで声をかける度に、「〇〇ちゃん、あなた疲れてないかい?眠くない?ちょっとこのベッドの脇で寝ていったらどうだい?って心配してくれるんです。自分の方が大変で入院しているっていうのに、看護婦の心配ばっかりしてくれるって、笑っちゃうけど、それにいつも癒されるんです。
やっぱり100近く生きている人は違いますねー。」
その看護婦さんはばあちゃんの言葉に何度も救われたし、元気をもらったと言ってくれた。
ばあちゃんは本当に、いつでもどこでもこうなのだ。
おおらかでHAPPYで、いつだって、自らの力で、この場所で、強く生き抜いていくすべを知っている。
やはりアラセン(アラウンドセンテナリアン)は違う。
先の看護士さんのこともあり、ちょっと落ち込んでいたから、帰り際にこのお話を聞けて良かったと心から思った。
こんなステキな看護士さんもいる。
そう思うと救われた気持ちで、帰りの足取りも軽くなった。
業務の合間を縫って、そのことを私に教えてくれたこの看護婦さんにいつか改めてお礼をしたい。