毎日ばあちゃん

99才、お迎えが来たけど断ったばあちゃんの事。家族の事。自分の事。

vol.5  言ってはいけないこと

ばあちゃん脱走事件以降、何だか胸のそわそわした感じが抜けなかった。

 

そして正月休みも終わりに近づき、いよいよ今日が帰る日。ばあちゃんは今年初のデイサービスに出かけてしまった。今日が私の帰る日だよ、と告げられないままばあちゃんは出かけていった。

かあさんは「きっと来てたことも忘れちゃうから大丈夫だよ。」と言ったが、

このまま帰るのはなんかいやだなという気持ちを引きずっていたので、搭乗前に一度電話をしてみようと思った。

 

ばあちゃんは元気に帰って来て今ちょうどご飯を食べ終えたたとこだと聞きほっとしつつ、電話を変わってもらった。

 

ばあちゃんは私がこれから飛行機に乗ることをちゃんと分かっていて

元気でまた帰っておいでねと言ったあと「めんこい子。ありがとねー。ありがとねー。」を連呼した。

 

私にはその時その「ありがとう」がどうしても別れを示唆する言葉に思えてならなくて、胸が張り裂けそうな気持ちになった。

「ありがとうなんて必要ない、ばあちゃんが生きていてくれるだけで、私にとっては生きる意味になる。この世界にばあちゃんがいてくれるだけでいい。何もできなくなっても、私が分からなくなってもいい。そのままのお気楽ばあちゃんで長生きしてくれ。」という事を伝えたくて、でも、うまく言葉にできなくて、泣きそうになりながらやっと振り絞った言葉が「ばあちゃん、私の方がありがとうなんだよ。」だった。

 

この言葉を伝えた瞬間、ありがとうを連呼していたばあちゃんがピタリと止まった。(実際は電話なので本当にそうだったかはわからないけれど、私の目にはその光景が見えるようだった。)

例えるなら、ありがとうだけを連呼するロボットが、突然ショートを起こしたような感じだ。

それからこれは家族にも言えずにいるが、その瞬間、ばあちゃんの口から精気の塊がシューッと音を立てて抜けていく様子がはっきりと見えた。

 

すぐに私は言ってはいけないことを言ってしまったのだと気づいた。

この言葉でばあちゃんは、「もうこの世で十分生きた」と思ったに違いない。

それからばあちゃんはまた脱走したあの時のように、どこか遠くを見るように別の世界に入ったのか、私の続く言葉を聞かずに母さんに電話を代わってしまった。

 

違う。そうじゃない。

でも私の言葉はもうばあちゃんには届かない。

 

 

そしてそれから2か月経ったばあちゃんの誕生日前日。

ばあちゃん緊急入院の知らせがくることになる。