vol.6 入院
帰ってきてからも、胸のざわざわは続いていたので、ばあちゃん入院の知らせには、やっぱりか・・と思ってしまった。
もう長くは持たなそう、という事だった。
意識のあるうちに会っておかなきゃ。
そう思って急いで飛行機をとり、私はばあちゃんの元に向かった。
他の子どもたちも、孫たちも同様に、それぞれのタイミングでばあちゃんのもとに向かった。
病院のベッドで寝ているばあちゃんは、お正月に帰った時よりも明らかに精気をなくしていた。
点滴のせいで体はむくみ、入れ歯を外した口元はこれまでに何人も見送って来た親族の死に顔に近いように感じた。
泣きそうなのを必死でこらえた。
聞くとばあちゃんはもうあんまり目も開けないのだという。
私が到着したばかりのタイミングは寝ているのか、ただ目を瞑っているのかわからない感じだったけれど、物音や話声に僅かだが反応が見られたので、どうやら眠ってはいないようだった。
父さんがしきりに、ばあちゃんちょんたろ(私)が来たよー。分かるかーい?と問いかけていた。それがあんまりにもしつこかったからか、最後には目だけをわずかにそっと開けた。
ばあちゃんはもう眠りたいんだ。このまま眠らせてくれ。という顔をして、左手をそっと私に差し出した。握った手は、1月に握りしめた時よりも一段と冷たく、今にも消えてしまいそうな、一筋の線みたいだった。
渾身の笑顔で笑いかけたらそのまま満足そうにまた目をとじた。
病室を出て、私は廊下で声を殺して泣いた。
涙が止まらなかった。
ばあちゃんは、いつの間にこんなに小さくなってしまったのか。
母親代わりとなって私を叱り、激励し、愛しんでくれたばあちゃん。
いつまでも変わらず元気だと思っていた。
自分のことに夢中で家族のことを顧みなかった時間の長さをこの時初めて痛感した。
でも、悔やんだって時間は戻せない。
仕事のこともあり、3日の滞在が限度で帰らなければならなかった。
その間、面会可能時間はずっと病院で、ただただ寝ているばあちゃんを眺めて過ごした。
安定している容態を見ていると、草木が少しずつ萎れ枯れていくように、ばあちゃんもゆっくりとその時を待っているように感じた。
それはあまりにも柔らかで、穏やかで
もしかしたら、このまま行ってしまうのかもしれないが、ばあちゃんにとってはそれが幸せなのかもしれない。
帰る日になっても相変わらずばあちゃんは目を閉じたまま。
できることなら、最後の時に立ち会いたいという思いはあったが、それはあまりにも傲慢な話だという事は分かっている。
そろそろ帰るよと伝え、相変わらず無反応のばあちゃんに挨拶をして病室を出た。
外まで出た時点で母さんが「これ置いてくるの忘れた。」(ばあちゃんの歯磨き用の医療器具)と言うので、「じゃあちょっと走って行ってくるね。」と私は1人病室に引き返した。
戻ってみると、さっきまで全く目を開けることのなかったばあちゃんが、柔らかな光を見つめるように、レースカーテンの向こうをぼぅっと眺めていた。
あらら、目を開ける体力あるけど発揮しなかったのねと苦笑いしながら、小さな声で呼びかけてみた。
ばあちゃん。
声をかけるとばあちゃんはそれに反応し、私の目に焦点が合った。
あーーー。というもう説明しようのない感情が、心の中で爆発した。
子どもの頃と何も変わらないばあちゃんに甘えてばかりの自分と、年齢を重ねた大人の自分がないまぜになっていて、もうとにかく複雑な気持ち。
私は泣きそうになりながらも、ばあちゃんには笑顔しか見せないと決めていたので、作り笑いかもしれないが飛び切りの笑顔を作った。
そして心の中で語りかけた。
ばあちゃん、行かないで・・・・!
これは声に出しちゃいけないんだ。
ばあちゃんはもう、自分のタイミングでいつでも自由に旅立てる。私がそれを制限しちゃいけない。
でも、どうしても言いたかった言葉。
この無言の私の叫びをばあちゃんは
「しかと受け止めた!!」とは言わなかったが、虚ろな表情のまま、それでもわずかにうんとうなづいたように見えた。
人は誰しも、生を受けた瞬間から死という最後の時に向かって生きていく。
でも誰も、その最後を決められない。
残される人にとってそれはいつでも残酷だ。
だからこんな風に、心を通わせる時間を持てるなんてなんて幸せな事だろう。
私は心からそう思った。
母の時にも、祖父の時にも叶わなかった思い。そしてこの歳まで引きずってきた私の中の何かがパチンと弾けていった。